青梅街道

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 青梅街道は江戸時代、甲州街道の脇街道として内藤新宿追分(伊勢丹前の新宿3丁目交差点わきに説明板がある)から青梅村にいたる街道で、慶長の始め頃、江戸城の普請などに使う石灰を運ぶための道として開かれたらしい。中野宿でも交通の手段として伝馬がおかれていた。大正のはじめ頃までは、毎年九月に「馬かけ」という行事が行われていた。この日、馬には五色のメリヤスの布に大小の鈴をいくつもつけ、新調の鞍をのせ、宝仙寺の三重塔のまわりをねり歩いたという。
(参考資料 なかのものがたり、ふるさと中野の民俗と行事 中野区教育委員会 )
 時代は変わって、1921年西武軌道鉄道が新宿~荻窪間で開業、その後、東京都に移管し、都電杉並線となりましたが、地下鉄丸の内線が新宿から伸長したのに伴い1963年に廃線になりました。
 さて、写真は昭和三十年代の青梅街道、藤乃木の創業の地付近。現在の都営バス杉並車庫から北側を写したものと思われます。写真右端が当時の高円寺・藤乃木。(当店が移転した後、立川さんという方が引きついで営業しておられましたが、現在は廃業しています。)手前の青梅街道には、都電の軌道が見えます。



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青梅街道
栗毛の馬かけ(栗のフィナンシェ)
栗とはちみつ風味のフィナンシェの中にイタリア産の栗を入れて、栗の形に焼き上げました。

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